中でぼんやりしてることもあった。
 私は不器用だった。いきなりぞんざいに近寄っていったり、遠くからこわごわ眺めたりした。それを彼女は殆んど気にも留めないらしかった。
 その代り、妹のお三代は彼女によく馴染んでいた。彼女の方でも千代紙なんかを買ってきてくれることがあった。そしていつも「みいちゃん」と呼んでいた。そのやさしい呼名がお三代をひどく喜ばせたらしい。
 或る朝彼女は裏口にやって来て呼んだ。
「みいちゃん……みいちゃん……。」
 お三代が立っていくと同時に、私も立っていった。彼女は朝日の光の中にぱっとした身装で、紙風船をふくらましてぽんぽんやっていた。嘗て見たこともない大きな美しい五色のものだった。
「これをあげましょう。」
 私は羨ましくなった。
「僕にもおくれよう。」
 彼女は私の顔をしげしげ見守っていたが、突然笑い出した。
「ほほほほほ……あんたも玩具《おもちゃ》がいるの。」
 私は喫驚した。何て笑い方だったろう。すっかり面喰ってしまった。
「いるならこんど買ってきてあげるわ。でも……突けて。」
「突けるとも。」
 私は妹を押しのけて、紙風船をついた。ぽーんぽーんという素敵な音だった。
 それから姉が仕度を済して出て来るまで、私は妹や彼女と風船玉をついて遊んだ。夢中になって汗をぐっしょりかいた。
「何をしてるんだよ、男のくせに。」と姉は私を叱った。
「いいじゃないの。……啓ちゃんも紙風船がほしいんだってよ。」
 私は恥しくなった。それから腹が立った。仕返しをしてやれという気になった。
 そして、それが却って役立った。
 三四日後、午後のこと、裏口に出て、彼女の離室の方を見ると、窓の障子が少し開いていて、中で何かちらちら動いていた。それがやがて、彼女だということが分った。
 私は一寸考えてから、小石を三つ四つ拾った。初めのはいい加減のところへ投げやって、最後の一つを、狙いをつけて窓の障子に投げた。古い紙だったとみえて、ぷすっというような音がした。
「あら。」
 頓狂な声がして、障子が開いた。小さな壜を片手に持ったままお清が上半身を見せた。彼女は方々を透し見て、それから最後に私の方を見た。
「あんた、今石を投げたのは。」
 私は彼女が怒り出すだろうと待ち構えていたが、少しもそんな様子がないので、昂然と云ってやった。
「そうだよ。」
「いやね、障子に放《ほう》ったりしちゃ。壁にでも……屋根にでも……投るものよ。いいからいらっしゃい。」
 彼女がほんのちょっちょっと指先で手招きしたので、私は何のことだか分らなかったが、やはり顔をふくらましたまま近づいていった。
「なあに。」
 彼女の方からそう尋ねかけて、私の顔をじっと見入ってきたので、私はなおまごついてしまった。
「どうしたの。」
 そこで私は咄嗟に思いついて云ってやった。
「風船玉……。」
「あ、あれ。忘れちゃった。こんど買ってきてあげるわ。……でも、あんた誰から石を投ることを教わったの。」
「教わらなくたって、石くらい放れるよ。」
「え。」
「放ってみせようか。あの木だって越せるよ。」
「そう……。」
 曖昧な返辞をしておいて、それからふいに彼女はあはははと笑い出した。こないだのとはまるで違った、男のような笑い方だった。
「あっちから廻っていらっしゃいよ。誰もいないわ。」
 私が一足も動かないうちに、障子はもう閉っていた。
 私は木戸を押し開けて、縁側の方に廻った。
「何をぐずぐずしてるの。」
 私は思いきって上っていった。
 彼女は顔の化粧を直してるところだった。後ろ向きになって、私の方を鏡の中に映してみながら、猫のような手付で気忙しく顔をこすっていた。その目まぐるしいほどの手の運動と、鏡の端に映った自分の顔半分とに、私はすっかり気圧《けお》されて、顔を外《そ》向けながら室の中を見廻した。
 寺田さんの時とは全く違ってしまっていた。薄暗くがらんとして而もちゃんと整ってたのが、今は乱雑に散らかってぱっと明るかった。柱にかかってる着物や、座布団や炬燵布団や、鏡台のまわりの化粧壜や、机の上に盛り上ってる雑誌や小箱や人形など、どれもこれも手当り次第に放り出されて派手な明るい色に浮出していた。そして室の隅には、油の肖像画が一枚不似合に置いてあった。
 やがてお清は化粧刷毛を投げ出して向き直った。
「そんなところに坐って、何してるの。」
 私はむっつりして顔を外らしていた。
「あ、あの絵、あれはあたしを書いたのよ。展覧会にも通った立派な画家のよ。似てるでしょう。」
 然しちっとも似てないように私には思えた。
 それから彼女は私にいろんな物を見せた。写真だの絵葉書だの函迫《はこせこ》だの人形だの……。小さな人形が沢山あるのに私は驚いた。
 そんなことをしてるうちに、遠くで私の名を呼
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