て、ただ、砂地に岩塊をちりばめた急峻な斜面のみが、尺余の植物の茂みをあちこちにそよがしている。
その斜面にとっついて、最後の努力を試みるだけだ。目指す頂上が見えないことは、努力を一層苦しいものにする。
理想は常に永遠の彼方にあるものかも知れない。然し永遠の彼方にあるにせよ、一筋の道を進む者は不断にそれを眼で見ている。眼で見ていることが永遠の道程を進む支持となるのだ。
だが、高千穂の頂上は、たとえ見えなくとも、すぐそこにある筈だった。私の足は疲れきり不随意になりながらも、岩角や砂礫の上を攀じ登っていった。
霧の中から、鉄柵の如きものが仄かに浮き出してき、その先は空漠たる雲霧だ。それが絶頂だった。
私はまず、鉄柵のなかの岩石の堆積に逆さにつきささってる天の逆鉾に向って、暫く瞑目した。それから、地面を匐ってる草の上に腰を下して、携えていたサイダーを飲んだ。この時、煙草を所持していないのに気付いて自ら驚いた。麓の旅館に上衣をぬぎ捨てた折、そのポケットに煙草を置きざりにしたのだ。あれほどのべつに煙草を吸う自分が、今まで煙草のことを忘れていたのが、不思議に考えられた。不思議なのは、この頂
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