くむ。道にはい出してる蚯蚓は、長さ尺余のものがあり、朽葉の間を鰻のように走って、紫色に光っている。掌大の白い翼の蛾が、苔むした樹幹にとまっていて、怪しい幻覚を起させる。
 この山道の感銘には、俗塵を脱した清浄さ以上のものがあり、深い奥行がある。
 東京の街路の中のロータリー、芝草と数株の灌木との僅かな緑地、あの中に、ひらひらと飛んでいる一匹の蝶は、人の微笑を誘う。この種のものを、東京の都市は、各処に数多く持っている。官庁街と事務所街と殷賑街とを除いて、東京が一種の村落都市と云われる所以である。そして近来、村落都市の厚生上及び軍事上の価値が、改めて認識され始めた。然しその東京に於て、上野の山の杉の古木は年々枯死してゆくし、代表的名園たる後楽園の樹木は、保育保存に多くの苦心を要するとかいう。
 これに比ぶれば、城山を持つ鹿児島市の幸福が偲ばれる。域山は史跡として名高いばかりでなく、またその天然林によって特殊である。数百種の樹木、その中には珍種も多く、豊富な種類の歯朶を含む。この天然林に蔽われた城山が、都市の裏手を限って聳えている。
 人間と自然との関係は、もはや往時のそれではなく、自然その
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