ふと、彼の死をトタン庇の家の娘に知らしてやらなければならないと考えました。
そして私は、彼女の家へ公然と行くわけにもゆかないものですから、丸ビルとか三越とかそういった所の店員らしい彼女が出かけそうな時刻を見計って、往来で待ち受けたのです。
下宿屋の横の路次をはいって、大凡の見当をつけて表札を見ると、板倉寓として入口に御仕立物と小さな札の出てる家がありました。私はそれを見定めてから、表の通りに出て、その辺をぶらぶら歩き廻りながら、彼女が出て来るのを待受けました。
母上
その時、そんなことをしてる私を知ってる者が見たら、屹度笑ったに違いありません。あなたもお笑いなさるでしょう。然し私はごく真面目だったのです。
私の見当は外れませんでした。その小さな路次から、ハイカラな大きい束髪に結って、メリンスの派手な着物をつけ、フェルトの草履をはいた若い女が、手に一寸した何かの包みを持って、急ぎ足に出て来ました。
私はその方へつかつかと寄っていって、帽子に片手をかけました。彼女は立止りました。
「失礼ですが、あなたは板倉さんと仰言る方ではありませんか。」
切れの長い眼の中に、小さな瞳がくる
前へ
次へ
全48ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング