廻ってる者も、戸外の街路で働いてる労働者も、皆大抵夕食後の散歩とか休み日の散歩とかに出かけます。云わば食堂から寝室へ行くまでの間に、明るく灯のともってる賑かな廊下を一廻りしてくるのです。或る外国人が、東京の町はヨーロッパの都会に比べるとまるで大きな村落だと云いましたが、それは山の手方面に比較的人家が建て込んでいないからです。けれども下町方面は、そして山の手方面でも、田舎に比べるとやはり都会です。
 そういう風ですから、自分の家だけを家敷と思って、そこに安楽に住もうなどということは、とても出来ないのです。食堂と寝室とだけで安楽な筈はありません。賑やかな街路を自分の廊下と思い、木立深い公園を自分の庭だと思わなければ……はっきり思わないまでもそういう暮し方をしなければ、家の中だけではとても息苦しくてやりきれるものではありません。或る一つの家に住むというのではなくて、東京という家敷に住むのです。
 そしてこの一つの家敷には、互に見も知らぬ無数の人間が、何とうようよ巣くってることでしょう。
 母上
 私はそういう考えを思い浮べて、平田伍三郎に説き聞かしてやりました。すると彼は、分ったのか分らない
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