にもありません。それで、私は桜も見に行きませんでしたし、外にも余り出ないで、あの窓の外に庭を拵らえるつもりです。それでもいけませんかしらん。」
「いけないということはないんだろうが……。」
 その時私の頭に、今迄考えたこともない思想が、自分でも喫驚するような思想が、ふいに浮び上ってきました。
 母上
 東京と田舎とでは、家敷ということに対する感じが、非常に違います。田舎では、たとい垣根は破けて見透しになっていたり、庭先を他人が平気で通行したり、座敷の中から遠くまで見晴らせたりしても、家敷はどこまで座敷であって、その中だけが自分に属する領分であり、それから一歩踏み出すと、全く他人の領分になるわけです。所が東京では、家敷という観念が殆んどありません。広い邸宅を構えてる上流人にとっては別ですが、普通一般の人にとっては、自分の家は寝室と食堂とに過ぎないんです。そして家敷というのは――家敷と云えるかどうか分りませんが――東京の町全体なんです。街路は寝室と食堂とに引続いてる廊下の一部分ですし、公園は庭の一部分です。だから東京の者は始終散歩に出ます。一日家の中で暮してる者は勿論、朝から晩まで外を駆け
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