られた腕で一間ばかり引きずられると、彼は遂に観念したと見えておとなしく歩き出した。二人の者は、彼を間に挾んで向うの暗闇のうちに消えてしまった。
 それらの光景を群集はただじっと見ていた。三人が去ってしまっても、後からついて行った四五人の者を除いては、誰も身動きもしなかった。「刑事だ!」と低く囁く声がした。然しその後はまたしいんとなった。陰惨な沈黙だった。皆何かしら腹を立ててるらしかった。私も腹が立っていたというより寧ろ訳の分らぬ苛ら立ちを感じた。然しそれが、深い夜と薄暗い横町と異様な沈黙の群集との間だっただけに、一層不気味な心地だった。
 暫くすると、群集は静にそして徐々に動き出した。私もそれにつれて四五歩|歩《ある》き出した。その時、通りの向う側の横町にちらと閃いた光りがあった。光りはすぐ消えた。警察の小使らしい男が提灯をつけて走って行った。巡査が二人駆けて行った。向う側の粗らな人影が少し動揺した。後はまた静かになった。
「小火《ぼや》だ!」という声が何処からかした。
 そのうちにも、群集は静に流れてゆきつつあった。凄惨な気があたりに満ちていた。それがまた極端に静まり返っていた。今に
前へ 次へ
全11ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング