に少なかった。
 広瀬中佐の銅像を弧の頂点とした曲線で劃して、万世橋停車場の前には、広い空地が開けられていた。停車場の前には四十人許りの武装した兵士が並んでいた。皆陰鬱な顔をして、身動きもせず言葉をも発しなかった。それは軍隊の規律上当然ではあるが、この場合如何にも陰惨に見えた。空地を劃する曲線の所に、巡査が四、五人歩き廻っていて、寄って来ようとする群集を逐払っていた。それでも時々停車場を出入する者が、足早に空地を通りぬけていた。大胆に平気で歩を運ぶ者はこの場合善良な市民となるのであった。
 私は平気でゆっくりと(多少故意に)その広場の中に歩み入った。誰も何とも云わなかった。兵士等の方へ一瞥を与えて、私は停車場の中にはいった。四、五人の乗客が居るきりでがらんとしていた。片隅には兵卒の背嚢や水筒などが地面にじかに並べてあった、規則正しく並べてあった。駅長室の前まで来ると、その扉に中隊長室と書いた紙片が貼りつけてあった。半ば開いた扉の隙から覗き込むと、長い口髯のある将校が椅子に腰をかけて、卓子の上に拡げた紙面をしきりに見ていた。平然たる横顔をしていた。
 私は停車場からまた出て来た。出る時兵
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