を緊と握り合せている。渚には乗り捨てられた小舟が淋しく繋がれていた。
「ほんとに種々なことを申しましたけれど、」と青年が彼女の方へ向いて云った。「どうかお気になさらないように。」
「いいえそれは私の方から申すことです。」
「実は明日私達は帰る筈です。汽車の都合で朝早いものですから、或はこれでまたお目にかかれないかも知れません。」
 彼女の心に冷たいものが入った。それでじっと青年の淋しい顔を眺めた。
「私達はまた屹度いつか此処へ来ることがあると思いますの。」と女が云った。
「ええどうぞまた。……お待ちして居ります。」
 彼女の心は俄にどうにも出来ないような何物かに押えつけられた。そして切ない儚《はかな》さのうちに、初めて青年を見た日からのことをそれぞれに思い浮べた。
「それではこれで……。」と云って青年はちらと眉を動かした。そして黙って頭を下げた。
「私は何時までもこの湖水を守っていますから……またどうか……。」
 女は一寸歩み出した足を止めてじっと彼女の顔を見たが、そのまま眼を地面に落した。そして低い声で、「さようなら。」
「さようなら。」
 二人が去ったあと、彼女は其処に暫く立ってい
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