っているので、自然と、隅っこの方へ引込んでばかりいたくなる。日常生活の場面の一つ一つが、私には劇場の舞台のような気がし、大勢の人から見られてるような気がし、そのたくさんの視線に私は堪えきれないのだ。
 多数の看客の中でも、女の眼は最も意地悪で怖い。だからこちらでは、女に対して冷淡を装わずにはいられない。そういうところから私は、女嫌いだと思われたのであろう。然し、どうして女と限るのであろう。男嫌いと言ったってよいではないか。いっそ、人間嫌いと言ったってよいではないか。
 この、所謂女嫌いな私が、あの、所謂男嫌いな彼女と、愛し合ったのである。男嫌いと言われる女に対して、男の方で、いや実は私自身のことなのだが、私の方でどういう感じを持ったかは、前に述べた通りである。女嫌いと言われる私に対して、彼女がどういう感じを持ったかは、私は知らない。
 彼女、澄江は、男嫌いだと言われてるからには、もとより良家のお嬢さんなんかではない。小料理屋の女中である。
 その小料理屋の加津美へ、私は同僚の永田と共に社長に連れられて、二度ほど行った。三度目の時に、社長は突然笑い声を挙げた。
「澄ちゃんが男嫌いで、松井
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