じっと眼を据えて、飲み干したグラスを卓上にころがし、指先でぐるりぐるり動かしている。
私は仰向けに寝ころがった。
「もうわたしのことなんか、どうでもいいのね。わかりました。そんなら、帰ります。」
その言葉が、ふいに、私の憤りを誘った。
「愛想づかしなら、もうたくさんだ、帰るなら、帰ったらいいじゃないか。」
ちょっと、ひっそりとなった。私は腕を眼の上にあてた。何も見たくなかった。
「わかりました。帰ります。」
こんどはいやに静かな声だ。そしてやはり静かに、彼女は立ち上って、室から出てゆき、静かに階段を降りていった。
私は寝そべったまま、眼をふさいでいた。体がしきりにぴくぴく震えるのを、じっと我慢した。それから、俄に飛び起きた。耳をすましたが、何の物音も聞えなかった。彼女は影のようにすーっと去ってしまった、という感じだった。待ってみたが、戻っては来ない。
私はウイスキーの残りを飲み、炬燵の上に寝具を投げかけ、額までもぐりこんだ。もう夜が更けていたが、眠れはしなかった。
翌日の午前中、私は加津美のまわりを、遠巻きにぐるぐる何度か歩き廻った。まだはっきり決心がつかなかったのだ
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