思っているかしら。
 柴田巳之助はそう考えて、自分の気力の衰えをちらと胸に浮べました。
 そしてそれを押し切るようにして、幹夫を枕頭に呼びました。
「あの椎の木だがね、あれはもう生き返るまい。」
「ええ、とてもだめでしょう。」と幹夫は平然と答えました。
「それでは、伐ろうじゃないか。」
「そうですね、私もそう思っていました。あれがずいぶん火を防いでくれましたから、家のためには役立ったとも言えましょうが、どうせ枯れてしまうとすれば、伐るより外はないでしょう。」
「伐ってしまったら、あすこが、淋しくなるだろうね。」
「そりゃあ穴があきますよ。その代り、風通しも、日の通りも、ずっとよくなります。あんなに伸び拡がってる大木ですから、取り払ったら、びっくりするほど大きな青空となるでしょう。そのあとに、なにか元気な若木を植えたらどうでしょうか。」
 巳之助は黙って眼をつぶりました。やがてまた眼を開いて、ぽつりと言いました。
「お前は、あの木に不満だったようだね。」
「不満じゃありませんよ、むしろ、大木として自慢でした。けれど、少し陰鬱でもありました。」
「陰鬱だって……。」
「蔭が多すぎたし、地面
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