は胸にぎくりと受けた。危いというよりも、何だかえたいの知れないものが彼女のうちに渦巻いてるようだった。彼女は一心に思いつめたように黙っていた。
「あのね、いろいろ考えたけれど、どうしてもここの家にいては悪いような気がするんです。そんなこと、今に分るようになります。ねえ、越したって時々遊びに来るから、いいでしょう。」
「いやよ。」
きっぱり云ってのけて、彼女はまた黙りこんでしまった。
「じゃあ、どうすればいいんです。」
「家にいるの、いつまでもいるのよ。」
彼は吐息をついた。どうにも仕方がなかった。と暫くして、光子はふいに泣声になった。
「いやよ、どうしたっていや。ねえ、あたし、悪いことがあったら謝るわ。御免なさい。もう井戸に飛び込むなんて云わないわ。」
「だって、お父さんが何か云ったでしょう。」
「ええ、ひどいことを云ったのよ。だからあたし、机を放り出して駆け出してやったの。」
「どんなことを云われたんです。」
「あたし達があんまり仲がよすぎるって、そして……夫婦気取りでいるって……。」
「え、そんなことを云われたんですか。」
「ええ。あたし、腹が立ってむちゃくちゃになったけれど…
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