及することが少なかったのは止むを得ない。現代小説の中堅的胴体とでもいうべき作品や作家、即ち、最も広く人を引きつけてる作品や最も主立った作家などについて、殆ど沈黙を守ったことに、読者は不審を懐かれるかも知れない。然しその中堅的胴体なるものは、いわば現在では不動の状態にあって、全体的傾向の推移には関係の少いものであるし、且つ、少しく文芸に関心を持たるる読者には馴染の深いものであって、僅かな紙数のうちにわざわざ言及する必要はあるまいと思ったのである。
それに実は、全体的傾向の推移を述べながら、私は一つの現象を殊に強調したかったのである。それは在来の見解によるいわゆる小説が解体の方向を辿ろうとも、それを顧みずに、小説なるものを吾々の実生活に近づけ、生活感を豊富に注ぎこもうとする傾向である。感覚的探求は新らしい眼で現実を見直すことを要求し、心理的探求は個人生活の相貌を直接に表現することを要求し、社会的見解は群衆の魂の叫びを響かせることを要求する。そしてその手段方法のうちに、幾多の危険があり、文学的歪曲の恐れがあることを、私はわりにくわしく説いてきたつもりであるが、然し、全体として小説のこの傾向
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