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プロレタリアートの文学は階級闘争の武器以外のなにものでもない。これに従って、プロレタリア芸術家の全く独特なタイプに関する問題もまた提出されなければならぬ。プロレタリア芸術家は決して現実の単なる受動的観察者であることはできない。彼は彼の創作的活動を階級の解放闘争に結びつけるところの革命的実践家である。このことは、プロレタリア芸術家が彼の創作の中に自分自身を閉じこめ階級闘争の過程から離れることを許されない、ということを意味する。彼は階級闘争における闘士であり参加者である。彼の芸術は徹頭徹尾能動的であり活動的である。
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右は、一九三〇年十一月ハリコフにおける国際革命作家同盟国際会議の決議の一節である。これだけの中に既に、プロレタリア文芸の明確な規定がある。もとより、各プロレタリア作家のうちには、その見解に多少の差異があり、その目的方向に多少の差異があり、そしてそれは、闘争的実践において止むを得ない現象ではあるが、しかし、プロレタリアートの独裁社会を目標とし、ボルシェヴィキ共産党を主体とする限りにおいてプロレタリア文芸は大体右の基調の上に立っている。
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