らない。――とマルクス主義者等は説く。
芸術の衣を着せるという見方のうちには、いわゆる「芸術のための芸術」に対する根本的否定が含まれており、芸術に芸術以外の目的を持たせようという要求が含まれている。
この要求は正しい。少くとも、芸術を何等かの意味で娯楽機関だと看做す考えを排斥し、芸術には作者の生活意欲が籠っていなければならないと主張する吾々にとっては、それは正しい。ただ問題は、芸術の持つその目的が如何なるものであるか、ということにある。
マルクス及びその一派の唯物弁証法は、社会のあらゆる現象を先ず経済的見地から見る。例えば芸術についても、もろもろの生産力の状態を第一に考察し、それらの生産力の状態によって決定される社会的環境を第二に考察し、それから作者及び作品に及ぶ。多少の差異はあるけれども、ラブリオラ、プレハーノフ、ブハーリン、イコーウィックなどの芸術論は、みな同じような考察の筋途を辿る。
弁証法的唯物論による資本主義のからくりの暴露と、搾取階級と被搾取階級との甄別《けんべつ》とは、広汎な社会主義運動をまき起し、ロシヤにおいてはボルシェヴィキ革命を成就さした。
ところで、文芸
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