スペインはジブラルタル、地中海、レヴァント。ジャファの波止場には枝編み籠が整列している、一人の若い男がそれを勘定しながら帳合せをしている、汚いダンガリ製のズボンをはいた仲仕どもがそれを積み込んでいる。おや、何とかいった野郎が出て来たぜ。お早う! 気がつかない。ほんの挨拶をする位の知合というものは少々うるさいもんだ。奴の後姿はあのノルウェーの船長に似ている。今日奴に会うのかな。撒水車。わざと雨を呼び出そうとするようなもんだ。天になる如く地にもならせ給え、か。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ](森田草平ほか五氏共訳)
これは「ユリシーズ」の一節である。そしてこの小説が、ホーマーの「オディッセー」から骨組を取ってきたことや、ダブリン市における一小市民の一日の経験記録にすぎないことや、しかも二十世紀の各種の思想や世相や性格の圧縮図であることなどは、ここでは大した問題ではない。重要なことは、行文の紛糾錯雑を顧みずに作者が「意識の流れ」をじかにたどろうとした企図、全く句読点のない文句の連続――観念の連続――の四十頁を最後に必要とした態度である。
以上述べたような――その例を外国に
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