いての考察ではなくて、あらゆる雑多な事柄の堆積である。彼は内部世界の深淵から、記憶の連鎖をたどって、あらゆるものを掬い上げてくる。そしてその「私」は自我ではなくて、私であると共に宇宙全体なのだ。
吾々が普通に「私」と称するものは――自我は――局限された狭い小さなものに過ぎない。その局限を取除いて、あらゆる場合に「私は」というところの「私」にまで到達すると、その「私」なるものは、過去現在を包容し、意識の世界ばかりでなく、潜在意識の世界をも包容し、内部世界と外部世界とを一色に塗って宇宙的に拡大される。その拡大された「私」のなかのあらゆる事象を、取捨選択することなく、そのまま書き誌していったのが、プルーストの小説である。
吾々は潜在意識或は無意識の世界に沈んでるものを文字に書き現わすことは出来ない。書き現わせるのは意識の世界に浮ぶことだけである。そして小説的な構想を拒け、理論的な取捨選択を拒け、意識の世界のことをその本来の姿のままに描こうとするに当って、プルーストは主に記憶の連鎖をたどっていった。がジェームズ・ジョイスは、意識の動きを直接に跡づけようとした。「意識の流れ」をじかにたどろう
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