。軽くてぴかぴか光る玩具のようなものだ。それは所詮、生活逃避の娯楽器具に過ぎない。
 辛辣な[#「辛辣な」は底本では「辛竦な」]諷刺を取忘れたナンセンス、愛欲の根を張らないエロチック、怪奇な戦慄を伴わないグロテスク……などは、感覚的探求の迷路といってよい。
 ただ一つ注目を要するのは、感覚を主とする新らしい神秘主義である。これはまた心理的探求の支持を必要とするが、然し、科学的な理智的な神秘主義、アラン・ポウのような神秘主義と異なって、おもに感覚的に進んでゆくところに特色がある。
 川端康成の「抒情歌」のなかの女は、床の間の紅梅の花を、亡き恋人の霊と見立てて、それに話しかける。――
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 覚えていらっしゃいますか。もう四年前のあの夜、風呂のなかで突然はげしい香におそわれた私は、その香水の名は知らぬながらも、真裸でこのような強い香をかぐのは、たいへん恥しいことだと思ううちに、目がくらんで気が遠くなったのでありました。それはちょうど、あなたが私を振り棄て、私に黙って結婚なされ、新婚旅行のはじめての夜のホテルの白い寝床に、花嫁の香水をお撒きになったのと同じ時なのでありました
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