とも見られる。然しそうばかりとはいえない。新らしい感覚で感得されたものでなければこういうものは単なるヨタにすぎなくなる。
新らしい感覚によって感得されたものは、必然に、それ独特の表現形式を以て現われてくる。なぜなら、芸術作品においては、内容と表現とは切り離すことの出来ないものだから。
批評の場合には、便宜上かりに作品の内容と表現とを分けて論ずることがある。然しそれはあくまでも「便宜上かりに」であって、両者は不可分の関係にある。吾々は物を考える場合に、単に物――内容――だけを考えることは出来ない。必ず言葉――表現――によって考える。そして小説のなかで、例えば「女」という場合には「女」と題する一つの彫像みたいな具体的な個体を現わすのであって、単なる概念ではない。
「もう生きていたくない。」――「もう死にたい。」――とこういう二つの表現は、理論的には一つの気持の両面を現わすものであっても、芸術的には全く違ったものとなる。
「世の中が嫌になった。」――「生きていてもつまらない。」――「生きていたくない。」――「死んだ方がましだ。」――「死んでしまいたい。」――「死のう。」
こういう風に程
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