ドン・キホーテとの相反した二つの性質を、多くの作家はみな多少とも持っている。文学を娯楽的逃避所から生活の陣営へ引戻すことは、或る程度まで、ハムレットからドン・キホーテへ作家を立直らせることである。それによって文学は進展する。そしてこの場合、ドン・キホーテの懐抱する理想がたとい理想としての価値しか持たないものであろうとも、一向に差支ない。その実現はやがて人類の滅亡を来たすかも知れないような理想から、トルストイの最も深刻な作「クロイツェル・ソナタ」は生れた。ただ、余りに目的意識にのみ囚われない限りにおいて、そして本質的に文学を害毒する強権主義に煩わされない限りにおいて、文学は作者の生活意欲を盛られるほど益々生命を帯びる。この意味において私は――如何なる生活意欲を盛るかは作家各自の問題に任せて――将来の文学に希望をかける。



底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
   1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月27日作成
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