強権主義に束縛された文芸がどういう結果を来たしたかを先ず見なければならない。強権主義や共産党の内部の者は、その内部からしか物を見てはいけないだろうが、外部に立っている吾々は、外部からもものを見る権利が許されている。
強権主義のなかにあるプロレタリア作家は、作家であるとともに実践運動者であらねばならない。その作品は闘争のための武器にほかならない。随って、単一階級の絶対独裁と、その階級内における各員の均一とを要望して、人間及び人間生活の多種な欲望や夢想や要求を認めず、思想及び行動の自由を拒否する「党」的強権主義の桎梏は、遂に文学を一定の公式化する。一つの思想しか認めず、一つの欲望しか認めず、一つの生活しか認めず、一つの性格しか認めないところに、文学の自由な発展があり得ようはずはない。そこではあらゆる作品が、同一の目的意識を以て書かれ、ただ一色の内部精神に塗りつぶされ、単一の規約の下に置かれる。いわばそれは一つの公式となる。作品を一つ加うる毎に、公式を――或は公式の応用を――一回反覆するだけのことである。変化するのは事件や場面だけであって、中身は常に同一の公式である。
試みに吾国のプロレタリア作品を幾つか取上げてみるがよい。多くの作家はいわゆる「同伴者」にすぎないとしても、作品の基調はみな「党」的である。そしてその作品のなかには、組織工場や未組織工場、オルガナイザーの行動、レポーターの往復、ストライキの裏面、留置場、刑務所、労働者の家庭、そうしたものが如何に多く反覆されてることか。しかも、人物の性格は殆ど没却されて単に傀儡となり、事件と場面だけが反覆されてるのである。固より、社会運動者の忍苦と熱意、周囲に累積する迫害と身内に燃ゆる焔、現在の闇黒と未来の曙光、そういうものの持つヒロイックな魅力、被搾取階級の惨澹たる生活、それに対する同感と愛、それらは確に人を惹きつけるものを持っている。然しそれらが概念的に反覆される時、もう沢山だという嘆声が、読者に起らざるを得ないだろうし、やがて作者にも起らないであろうか。
一定の公式的拘束の下にある時、作の主題というものがひどく残酷な問題となってくる。プロレタリア文学は、その自然の勢として、多くは自叙伝的な身辺的なものであった。随って作家は次第にその材料の欠乏を感じてくる。弁証法的唯物論による見方と目的意識に縛られた公式的形式の下にあっては自分の生活と縁遠い方面に材料を求めることは、極めて困難であり、たとい材料を探し得ても、それを書き生かすことは更に困難である。半年間労働者街に住むことによって、藤森成吉は果して何を得たであろうか。レオニード・レオノフは「のんだくれ」を書くのに、一年間工場生活をしなければならなかった。マリエッタ・シャギニアンは「水力発電所」を書くのに、二年間水力発電所に労働生活をしなければならなかった。しかも、その生活も彼等にとっては一時の宿場に過ぎないし、プロレタリアートにとっては彼等は単に一時の同伴者にすぎない。
近年ロシヤに起っている職業的作家廃止論と文学突撃隊の試とは社会主義の社会における人間の生活は斯くあらねばならない、という理想論から出たのではあるとしても、実情はむしろ文学の行き詰りから叫ばれたのである。作家も大衆の一部分で、隔離した特殊の階級に属すべきものではなく、小説家は小説家たると同時に、何等かの労働に従事する者でなければならない、と職業的作家廃止論を説く。それは理想としてはよろしい。がそういう理想が起ってくるのは、職業的作家の文学がプロレタリア的観点から見て行き詰ったからに外ならない。そしてこの職業的作家廃止論と関連して、文学突撃隊の召集が成された。各地の工場や農村の労働者から人選してそれに一通りの文学的素養を授け真のプロレタリア文学を創作させようというのである。そして文学突撃隊の創作は、ロシヤ・プロレタリア作家同盟の相貌を更新さした。殊に彼等の齎す題材は、プロレタリア文学の主なる題材となった。がこの文学突撃隊の試みは、プロレタリア文学の行き詰りを物語ると共に、それが強権主義から解放されない限りは、恐らくそれ自身もやがて或る行き詰りに当面するであろうことを予想させる。なぜなら、目的意識にだけ囚われた文学は、畢竟一の作文にすぎなくなるから。
本当のプロレタリア文学は、プロレタリアートの生活を反映したものでなければならない。然るに闘争のためという目的意識は、反って文学を生活から遊離させる結果を将来する。
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金華山の沖は波の荒いので有名だった。太平洋の涯から、山なす怒濤が、あとから、あとからじかに打ちつけて来た。船を揉み、放り上げ、うねりの底へ引き摺り降し、また抛り上げた。船は始終、寒気と、転覆の危険と、たたかいながら、吹雪や霧のために
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