。私はあなたが結婚なさるとは知りませんでしたけれども、後から思い合せてみますと、それは全く同じ時刻でありました。
[#ここで字下げ終わり]
そしてこの、幼い時から透視的直覚力の強い女は、霊界通信のこと、仏教の精霊のこと、ギリシャ神話のこと、自分の不思議な直覚的想像のこと、などを話すのである。そしてその話全体が、一種の香りに似た感性で包まれている。
こういう作品は、吾々の持つ感覚の奥行の深さを思わせる。そこに一種の神秘な世界が暗示される。ただ、その神秘な世界を開拓するには、感覚だけでは足りない。他の多くのものが必要になってくる。ここでも既に作者は、単なる感覚の域をぬけ出して、更に深い心理的な見解の上に立っている。
少しく冗長のきらいはあるが、ここに二つの短篇の各一節を書き並べてみよう。――
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私は高い石垣の上から妻と捨児を飲み込んでいる街を見下した。街は壮大な花のようであった。街は大きく起伏しながら朝日の光りの中で洋々として咲き誇っていた。
…………
暫くして、女は朗かな朝の空気の中を身軽に街のどこかへ消えて了った。
「俺は何物をも肯定する」と、街は後に残ってひとり傲然としていっていた。
私はその無礼な街に対抗しようとして息を大きく吸い込んだ。
「お前は錯誤の連続した結晶だ。」
私は反り返って威張りだした。街が私の脚下に横わっているということが、私には晴れ晴れとして爽快であった。私は樹の下から一歩出た。と、朝日は私の脚を眼がけて殺到した。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ](「無礼な街」――横光利一)
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……そのまま由良は立ち去りかねて花江と一緒に立っていると、間もなく遠くの木枯の中からかたかたと馬車の音が聞えてきた。すると、花江はまたしきりに帰ってくれと由良にいい出したので……彼女と別れて帰ってきた。しかし、花江から見えなくなったと思われるあたりまで来たとき、由良はそこの草の中に立ち停って花江の方を見ていると、誰も人を乗せずに傾きながら近づいて来た小さなぼろ馬車に花江が乗って、ふっと提灯を吹き消すのが眼についた。そうして、やがてまたかたかたと草原の中の石ころ道を走り出した馬車と一緒に、ほっと吐息をついているかのように柱にもたれて揺れていく花江の姿を見送っていると、由良は吹きつけて来た木枯に面
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