返答が、どこからか響く筈である。好意か敵意かを含むゼスチュアーが、どこかに見られる筈である。向うの柳の木影に、或はそこの電柱の影に、何かが佇んでる筈である。掘割の底から何かの泡がたつ筈である。
然し、何物もない。私は冷たい鉄の手摺にもたれて、眼を閉じる。もう脳裡の思考もとぎれて、何物もない……。
都会のうちに真空の場所があるとすれば、恐らく、深夜のあの河岸ぷちがそうであろう。人の頭脳の空な廻転があるとすれば、恐らく、あの時の私の頭脳がそうであろう。然し、あの時の私の期待、周囲に何かのゼスチュアーを求めた期待は、今でもまざまざと覚えている。それについて、超現実的な明瞭な感覚がある。
それは、夢の名残の感覚であろうか。或は幻覚であろうか。――こんど、深夜あの河岸ぷちを歩くことがあったら、掘割の濁水に帽子を投り込んでやろう。
底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http
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