幻覚記
豊島与志雄
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(例)昼間も薄暗く[#「薄暗く」は底本では「薄晴く」]、
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一
筑後川右岸の、平坦な沃野である。消く水を湛えた川べりに、高い堤防があって、真直に続いている。堤防の両側には、葦や篠笹が茂っていて、堤防上の道路にまで蔽いかぶさり、昼間も薄暗く[#「薄暗く」は底本では「薄晴く」]、夜は不気味である。
その堤防の上を、まだ夜明け前の頃、私は母と二人で歩いていた。私は七八歳だったが、別に恐さも不気味さも感ぜず、自分の村から半里余りも来たろうというのに、足も弱っていなかった。母と二人で、急いで歩いていった。
肺病でねている父のために、薬を買いに行くのである。四里ほどはなれた或る町に、肺病に特効の秘薬があって、その薬をのめば、体内の病毒悪血を忽ちに排出してしまうのだ。然し父は、その薬の服用を承諾しない。母と私とは、父に内証でその薬を買いに行くので、夜中に出かけて、午頃までには帰って来なければならない。
川の堤防にさしかかった頃、もう夜が明けそうだった。道
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