。
「屹度あの骨壷《こつつぼ》が[#「骨壷《こつつぼ》が」は底本では「骨※[#「壼」の「亞」に代えて「亜」、58−下−13]《こつつぼ》が」]いけないんですよ。お葬式まで寺へお預けなさいましては?」
彼は取合わなかった。
「私もう嫌でございます。恐くって……戸を閉めにもはいられません。あんな所へ骨壷を[#「骨壷を」は底本では「骨※[#「壼」の「亞」に代えて「亜」、58−下−17]を」]お置きなすって、どうなさるおつもりなんでしょう?」
終りを独語の調子で呟いて、何かを見つめるような眼付をしていた。
しとしとと雨が降って、今にも雪になりそうな宵だった。
「じゃあどうしろと云うんだ?」
彼は突き放すつもりで、声の調子を尖らせた。彼女はひるまなかった。
「御自分でなさるのがお嫌でしたら、私が何処かへ片付けます。」
後は怒鳴りつけようとしたが、彼女の様子がいつになく真剣だった。まともにじっと彼の眼の中を覗き込んできた。
「俺がするよ。」と彼は叫んだ。
竜子の勝手にさせてなるものか!
彼は或る懸念に囚えられた。離れの室へ走って行って、押入を開いてみた。骨壷は[#「骨壷は」は底本では「骨※[#「壼」の「亞」に代えて「亜」、59−上−7]は」]ちゃんと元の位置に在った。彼はそれを両手に抱えて、室の中をうろついた。本箱が眼に止った。小さい方の箱の書物を投り出して、その後へ骨壷を[#「骨壷を」は底本では「骨※[#「壼」の「亞」に代えて「亜」、59−上−9]を」]しまった。がちりと錠を下した。その音が胸に響いた。じっと眺めてるまに思いついて、白紙を蓋の硝子一面に張りつけた。清らかな明るみへ出たという感じがした。嬉しかった。
彼は鍵を指先でくるくる廻しながら、竜子の所へ行った。
「おい骨壷を[#「骨壷を」は底本では「骨※[#「壼」の「亞」に代えて「亜」、59−上−14]を」]しまったよ。」
「え、何処に?」
「本箱の中に……。硝子に紙をはりつけたら、非常に清らかな感じがするようになった。」
彼女は薄い唇を尖らせ、眼の光を二三度ちらちらさした。それから上目がちに眼を見据えて唇を噛んだ。
「そんなに大切になさるのでしたら、毎晩抱いてお寝みになすった方がお宜しいでしょう。」
彼は赫《かっ》となった。が、心の底から別の感情が、彼女の言葉に暗示された忌わしい感情が、熱を持って浮び上ってきた。啜り泣きとも憤りともつかないのが、喉元にこみ上げてきた。
それが彼女にも反射した。彼女はいきなり片膝を立てて、彼の方へにじり寄ってきた。
「私の身体をどうして下さいます?」
敵意の籠った抱擁のうちに、彼は身を投げ出した。
今に見ろ、今に見ろ!
眼をつぶりながら、震えていた。
六
三月の半ばに、順造は竜子の妊娠を知った。
彼女は頭が重く痛いと云ってぶらぶらしていた。食慾が非常に減じた。総毛立った蒼い顔色をして、何をやり出してもすぐに放り出し、眉根をしかめて黙り込んでいた。朝は遅くまで寝て、晩は早く床にはいった。うっとり夢みるように考え込んでるかと思うと、急に眉根をしかめて苛ら立った。白粉の匂いを嫌がって、蒼脹れのした穢い素顔のままでいた。そして或る朝、食後間もなく、食べた物を皆吐いてしまった。順造は漠然とした不安を覚えた。腹膜炎! そういう考えが真先に浮んだ。医者に診《み》せてごらんと切《しき》りに勧めた。然し彼女はそれに従わなかった。診て貰っても無駄だと頑張った。二度目に食物を吐いた時、順造は叱りつけた。医者の家へ行かなければ、僕が医者を呼んで来てやる、とまで云った。
「病気ではございません。」と彼女は答えた。
「ではどうしたんだい。」
彼女は暫く考えていたが、低い声で云った。
「悪阻《つわり》のような気がします。」
「え、悪阻!」
順造は飛び上らんばかりに驚いた。
「本当かい?」
「ええ、屹度そうに違いありませんわ。」
眼を一つ所に定めて、心で胎内を見守ってる様子だった。
順造は初めの驚きが鎮まると、心がどしんと落着く所へ落着いた気がした。彼女から顔を見つめられると、冷かな調子で云った。
「じゃあ身体を大事にしなけりゃいけないよ。」
ふいに暗室の中に飛び込んで、暫くつっ立ってるうちに、闇黒に眼が馴れてきて、ぼんやり物の影が見えてくる、その心地に似ていた。
運命! とでも云えるものが、頭の上にじかに感ぜられた。過去の全景が、影絵のように浮出してきた。秋子の儚い運命が、茫と燐光を放っていた。順一の……。
星が光ってる!
あの時の感じが、胸の中に甦ってきた。それを如何に長く忘れていたことだろう!
順一はまるまる肥っていた。瞳の光が澄んでいて、目玉の動きの遅い所が、秋子によく似てるようだった。鼻筋が通って唇が心持ち
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