しくなったり嬉しくなったりして、自分でも訳が分らないんです。何だかがーんとして、しいーんとなって、それきり気が遠くなった時のことが、いつまでも頭の底に残ってるんですから、時々どうも……実際変ですよ。」
 彼は今にも泣き出しそうな顔付になって、窓掛の縁から冷たい夜風の流れ込む開いた窓を一心に見つめていたが、それから両手に頭をかかえて、卓子の上につっ伏してしまった。
 私は立上って、開いた窓を閉めに行った。誰も皆惘然として、口を噤んで眼ばかりぱちぱちやっていた。私は皆の方に背を向けて、窓から暫く外を眺めた。空に薄い綿雲がたなびいて、それにぼーっと明るい色がさしていた。
「おや、もう夜が明けるんだね。」
 思わずそう云ったので、皆立ってきて外を眺めた。雲にさしてる明るみがぼーと仄白くて、今にもそれがだんだん薔薇色に染ってきそうだった。
「だって、まだ二時半じゃありませんか。」
 時計を見ると実際二時半にしかなっていなかった。それにしても外の黎明は不思議だった。
「それじゃ、月が出るのかも知れないわ。」
 その声をききつけて、先程から卓子に一人残っていた彼が、不意に大きな声を出した。
「月が出
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