い出した。
「唄はいけませんよ、もう……。」
 一番年上のが止めようとするのを、私は無理に制して、彼に歌わせた。彼は追分を一つ歌った。喫驚するほどいい声だった。皆感心して黙り込んでしまった。彼は歌い終って、またきょとんとした表情で、にこにこ笑いながら、だだ白いがらんとした室の中を見廻していたが、突然真面目な顔付になって云った。
「君達四人でジャンケンをしてごらん。」
「そしてどうするの。」
「勝った者に歌をうたわせようと云うのよ、屹度。」
「いやなことだわ。」
「いや、何でもないんだから、」と彼は云った、「とにかくジャンケンをしてごらん。」
「何でもないんなら、したってしなくったって同じじゃありませんか。」
「だからしてごらんよ。頼むから……一度だけでいい。」
 彼女達はくすくす笑いながら、ジャンケンをした。三人共気乗りがしないらしく、握ったままの拳をつき出したが、お光一人はぱっと大きく手を開いた。
「あら。」
 しまったという顔付で、彼女は彼の顔を見上げたが、彼は何とも云わないで、私の方へ向き直った。
「こんどは私とあなたとしましょう。」
「そうですか。」
 そして私は何気なく拳を差出したが、彼の様子を見て喫驚した。彼は如何にも真剣らしく、上目がちにじっと私の顔を覗き込んできた。貝殼のような眼の光が、変に底暗く黝ずんで、白々とした額とぼーっと酒気のさしてる頬とに、変に不気味な対照をなして、私の方を窺ってるのだった。何故に彼がそう真剣になってるのか、私は更に見当がつかなくて、少し慴え気味にもなって、冗談にまぎらそうとした。
「君は何を出すんです。」
 彼はそれに答えないで、私の方を一心に見つめていた。その時私は、ジャンケンの勝負は全く気合一つだ、とそんなことを彼の気込みから思い浮べた。が、やはり真剣にはなれなかった。掛け声をしながら、拳を振り上げざま、カミを出すぞといわんばかりに指を開きかけて、そのままカミを出すと、彼は二本の指をぱっと開いて勝った。
 その瞬間に、彼はにやりとしてほっと吐息をしたが、何故か眼を伏せて黙り込んでしまった。
「駄目よ、今のは八百長だから。」
 お光が不意にそんなことを云った。それが何かしら私の気持を害した。
「じゃあも一度やり直して見よう。君、も一度やって、八百長でないところを見せてやろうじゃありませんか。」
「やりましょう。」
 そして私達はまたジャンケンをしなおした。彼は何だか気抜けがしたようにぼんやりしていた。それに反して、私は妙に真剣になりだしてくるのを感じた。所が勝負にはまた負けた。も一度挑んだ。此度は勝った。そうなるとどちらが勝ちか分らなくなって、何度も何度もやり直した。勝ったり負けたりしてはてしがなかった。そのくせ妙に気乗りがしてきて、はっきり勝負をつけないでは止められなくなった。彼もまた次第に興奮してきた。
「もうお止しなさいよ、馬鹿馬鹿しい。」
 一番年上の女にそう云われると、なおそれに反抗してみたくなった。
「一体何のためのジャンケンなの。」
 返事につまって、黙って彼の顔を見ると、彼は額に少し汗をにじませながら、やはり黙って私の顔を見返した。
 変な白けきった沈黙が続いた。私はやけ[#「やけ」に傍点]に杯を取上げて、立続けに飲んだ。
「君が先にジャンケンを持ち出したんでしょう。」
「ええ。」と彼はもうきょとんとした顔付で答えた。「実は一寸占ってみたんです。」
「占いですって、何の……。」
 彼は先程の勝負のことなんか忘れてしまったかのように、にこにこ笑い出しながら云った。
「この人達の中で、ひょっとしたことから、私と結婚でもするようになる人があるとしたら、どの人がそれかと思って、ジャンケンで占ってみたんですよ。」
 真面目なのか冗談なのか見当がつかなくて、私は一寸挨拶に困った。するうちに彼は、ひとりでに饒舌り出した。
「世の中には、運命とか天の配剤とか、そういったものが確かにありますよ。私はそれが始終気にかかって、何かで占ってみなければいられないんです。例えば、友人を訪問する時なんか、向うから来る電車の番号をみて、奇数だったら家にいるとか、偶数だったらいないとか、そういう占いをしてみますが、それが不思議によくあたるんです。球を撞いてる時だってそうです。初棒《しょきゅう》に取る数が偶数か奇数かで、そのゲームの勝負が分るんです。朝起きて時計の針を見ると、その針のある場所で、一日の運勢が分るんです。そんな風にいつでも、何をするにも、前以て何かで占わずにはいられないんです。電車の番号、電信柱の数、どこそこまでの足数、時計の針、出っくわす男女の別、何でだって占えるんです。」
「そして本当にあたるんですか。」
「奇体にあたりますよ。」
 私はふと先刻からのことを思い出して、可笑しくなって
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