きた。
「おい光ちゃん、大変だよ。占いは最初の一番だけだから、この人が僕とのジャンケンに勝ったし、君は皆とのジャンケンに勝ったんだから、君達二人は結婚することになりそうだね。」
「あら嫌だ、そんなこと。」
くるりと向うを向いて怒った風をしたが、肩がぴくりとして、放笑《ふきだ》してしまった。それで皆も笑い出した。彼もただにやにや笑っていた。
所が、その皆の笑が沈まって、一寸沈黙が落ちてきた時、妙なことが起った。その夜更に、皆一つの卓子に集って、がらんとした中に白々と電燈がともってる、その閉め切った広い室の、窓の一つががたんと開いて、冷たい影が――空気が、すーっと流れ込んできた。と同時に、彼は物に慴えたように立上った。
「僕はもう帰ります。……勘定をしてくれない。」
私は呆気にとられて彼の顔を見守った。彼は心持ち蒼ざめて、きょろきょろあたりを見廻したが、突然に云い出した。
「実は、今日は私が心中をしそこなった日なんです。丁度二月前の今日なんです。女は死んでしまいましたが、私だけ汽車にはね飛ばされて、不思議に助かったんです。それから少し頭が変になりましてね、月の同じ日になると、無性に悲しくなったり嬉しくなったりして、自分でも訳が分らないんです。何だかがーんとして、しいーんとなって、それきり気が遠くなった時のことが、いつまでも頭の底に残ってるんですから、時々どうも……実際変ですよ。」
彼は今にも泣き出しそうな顔付になって、窓掛の縁から冷たい夜風の流れ込む開いた窓を一心に見つめていたが、それから両手に頭をかかえて、卓子の上につっ伏してしまった。
私は立上って、開いた窓を閉めに行った。誰も皆惘然として、口を噤んで眼ばかりぱちぱちやっていた。私は皆の方に背を向けて、窓から暫く外を眺めた。空に薄い綿雲がたなびいて、それにぼーっと明るい色がさしていた。
「おや、もう夜が明けるんだね。」
思わずそう云ったので、皆立ってきて外を眺めた。雲にさしてる明るみがぼーと仄白くて、今にもそれがだんだん薔薇色に染ってきそうだった。
「だって、まだ二時半じゃありませんか。」
時計を見ると実際二時半にしかなっていなかった。それにしても外の黎明は不思議だった。
「それじゃ、月が出るのかも知れないわ。」
その声をききつけて、先程から卓子に一人残っていた彼が、不意に大きな声を出した。
「月が出
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