形態について
豊島与志雄

 或る一つの文学作品中の主要人物について例えば五人の画家にその肖像を描かせるとすれば、恐らくは、可なり異った五つの肖像が得られるだろう。この五つの肖像が必然的に似てくるようなもの――実在の人物をモデルとする五つの肖像が互に似てくるようなもの――そんなものは、作品の中には余り存在しないのである。もしもそういうものが存在するとすれば、場所をかえて演劇に於ては、或る人物に扮する俳優は甚しく限定されることになろう。
 けれども、五つの肖像について、例えばフローベルの「ボヴァリー夫人」の中のボヴァリー夫人の五つの肖像について、どれが最もボヴァリー夫人に似ているかと、そういうことを論ずることは出来る。この場合、肖像の真実性を決定するのは、云わばその心理的方面にあって、形態的方面にはない。
 こういう分りきった事実は、実は、文学作品の中では人物が、形態的に如何に僅かしか描かれていないかを示すものであり、ひいては、逆に、文字を以て形態を描くことが如何に困難であるかを示すものである。目に見えるように描くということを技法の一つとして追求した自然主義文学の、最も精緻な人物描写のど
次へ
全6ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング