、次から次へ現われては消えていった。中の一人が倒れても、一寸そこをよけて通るだけで、列は少しも乱れなかった。機械的に永遠に歩き続けることだけが、彼等の全生命のように見えた。
真夏の光が、凡てを押っ被せていた。
「あら、また一人……。」
「日射病にやられて倒れたのです。」
「死んだんでしょうか。」
「さあ……。」
「ひどいわ。」
「強行軍ですよ。今日のような暑い日を選んで、早朝から出かけるんです。一人二人の犠牲は、全軍のために仕方ありません。どこまでも歩き続けることだけが目的なんでしょう。」
「………」
「どうかしたんですか。」
「………」
「え、どうしたんです。」
「何だか……頭がくらくらとして……。」
「俯向いて、眼をつぶっててごらんなさい。日の照りつけてる中を余り見つめてたせいでしょう。」
「でも……変に……。」
「え。」
「向うの下の方へ、吸いこまれて、今にも落っこっていきそうな……。」
「高いところから見下してるせいですよ。そして余り日が照ってるせいですよ。……ぎらぎらした渦巻に捲きこまれて、ひきずりこまれるような気持でしょう。」
「ええ。」
「大丈夫です。そんなに向うを見てちゃいけません。わたしにつかまって、じっと眼をつぶっててごらんなさい。じきになおります。」
「だって……。」
「高いところへ登ると、そんな気がするものです。わたしの友人がこんなことを話しました。槍が岳か白馬山か、何でも日本アルプスのどの山かですが、その頂上に登って、下の方を見下していると、今まで空にかけてた雲の切れ目から、ぱっと日の光がさしてきた。そして、足下の方が一面にぎらぎらした渦巻になって、それに捲き込まれるような気持で、ふらふらと飛びこんでしまった。幸に谷底まで転げおちないで、二三間滑っただけで済んだそうですが、とても抵抗出来ない気持だと云っていました。」
「………」
「だけど、ここはこんな低い丘ですから、それはただ、あなたの気のせいですよ。わたしがこうしてつかまえてあげてるから、大丈夫です。」
「あら、また一人……。」
「え。……やられたんだな。……強い日の光だから……。」
「どうしたんでしょう。」
「風も無くなったようですね。ここでさえこんなだから、あの街道の上は……。」
「一面にきらきらして……。」
「そんなに見つめちゃいけません。」
「田圃の中にも、どこにも、人の影も、犬一つ見えなくって、あの白い道の上に、兵隊だけだわ。」
「………」
「そして、あんなに海が光ってきた……。」
「………」
「あたし何だか、恐ろしいような……嬉しいような気がして……。」
「………」
「あら、蒼い顔をして……。どうなすったの。」
「いえ、一寸……。」
「え、なあに……。云って頂戴、ね、云って頂戴。」
「………」
「あたし、……。ね、いや、黙ってちゃ。」
「不思議だなあ……。」
「なにが。」
「いろんなことを、一度に思い出したんです。」
「どんなこと。」
「そうだ、いつもぱっとした日の光がさしていました。」
「いやよ、すっかり云って頂戴、ねえ……。」
「わたしは、何度か……死人を見たことがあるんです。それがいつも……。」
「………」
「不思議です。いつも、ぱっと明るい日の光がさしていたんです。」
初めて死人を見たのは、高等小学校に通ってる時のことだった。家から町の学校へ行くには、松林をぬけて行かなければならなかった。その松林の中で、縊死人があった。
打晴れた爽かな朝だった。四五人の友と一緒に、学校へ出かける途中、松林をぬけると、その向うの村人が三人五人と、畑をつき切って走っていた。畑には大豆の実が熟していた。
首縊りがあった……ということを、実際耳にしたのか、直覚的に感じたのか、どちらか分らなかったが、すぐに皆は、学校の道具をがたがた音させながら、畑をつき切って走っていった。
松林のつきるところに、薄暗く茂った低い雑木林があった。その中に、何のために掘られたのか、水のない深い小溝があって、歯朶や雑草が生いかぶさっていた。その溝の上にさし出てる楠の小枝から、中年の男がぶら下っていた。
汚い手拭を二本つなぎ合して、それでぶら下っていた。首の骨が折れでもしたように、がっくり頭を垂れていた。肩から胸のあたりが薄べったくなって、腹が妙にふくれ上っていた。膝から下は溝の中に隠れて見えなかった。
もうだいぶ日がたったものらしかった。変な匂いがしていた。前日の小雨に濡れたまま乾ききらないでいる紺絣の袷が、べっとり身体に絡みついていた。顔の肉が落ちて、土色に硬ばった皮膚の下から、頬骨がつき出ていた。眼が落ち凹んで、閉じた眼瞼のまん中が、眼玉の恰好にまるくふくらんでいた。変に形のくずれた鼻から、かさかさに皺寄ってる唇へかけて、黒血の交った泡の乾いたのがこびり
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