とは違うと言うんですか。だけど結局は、やはり同じじゃありませんか。」
「いいえ、違ってよ。」
「じゃあどう違うんでしょう。」
「どうって……それは、行ってみなければ……。」
「そうです。行ってみなければ分らない。ただそれだけの違いです。」
「でも、行ってみたら……。」
「それは案外違ってるかも知れません、また違っていないかも知れません。そして、その分らないところに非常な魅力がある。ただそれだけのことです。」
「………」
「また黙りこんでしまいましたね。それじゃ打明けて云いましょうか。わたしも、そういう魅力に惹かされたことがあるんです。」
「え、あなたが……。」
「そうです。あなたがこちらへ来てから、暫く手紙が来なかったことがありましょう。あの当時です。何もかも嫌になって、淋しくなって、不安になって、そして……あなたのことばかり考え通していました。」
「それから。」
「或る晩、夜更けに、短刀を取出して、その刄先にじっと見入ったことがありました。」
「あら、ほんとう……。そんなことちっとも……。」
「手紙には書けなかったんです。……万一のことがあったらなんて、そんなことを手紙に書くものじゃないんです。」
「だって、あたし、ありのままを書いただけですの。」
「わたしはあれを見て、はっと思って、じっとしておれなくなって、無理に出かけて来たんです。すると……。」
「またそんなこと。……ほんとに嬉しかったんですもの。お目にかかるまでは、どうしても本当だという気がしなくて、何だか夢のように思えたんですの。停車場へ行ってもまだぼんやりしていましたわ。」
「そしてふいに眼がさめたんでしょう。わたしもほんとに嬉しかった。あなたの笑顔を見ると、喫驚するほど嬉しかった。」
「だけど、不平を仰言ったじゃありませんか。」
「冗談ですよ。……あなたが今にも死にそうな顔をしていたら、わたしまで、どうしていいか分らなくなるところでした。」
「じゃあ、あなたも……。」
「え。」
「そうよ、屹度。……ね、そうでしょう。」
「いいえ、嘘です。わたしは今、全く別なものを求めています。何かこう晴々としたもの、飛び上りたいようなものが、一番ほしいんです。昨日、停車場のことを覚えていますか。」
「停車場で……。」
「あなたは、歩廊《プラットホーム》の柱の影に、ぼんやり立っていました。はいってくる列車の方に眼を向け
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