。
「そう、瀬川君が?」
「ええ、先刻《さっき》から来ていらしたけれど、あなたがよく眠っていられるものですから……。」
彼が何とも答えないうちに、瀬川はもう其処にはいって来た。
「やあ、随分よく眠るね。」
「だいぶ前から来てたのかい。」
「いや、つい今しがただったが。」
彼は瀬川の顔をじっと見た。健康そうな顔の色、綺麗に分けた頭髪、大胆でどこか皮肉らしい眼付、頑丈な鼻、剃り立ての蒼みがかった※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]。彼は其処に身を起そうとした。
「そのままがいいよ。」と瀬川は云った。
彼はまた頭を枕につけた。何で起き上ろうとしたのか、自分にも分らなかった。そして心の底にうろたえてる何物かを感じた。
「気分はどうだい?」
「大変いい。」と彼は答えた。「暖い時なら少し位起き上っていいと医者も云ってる位だから。」
「然し今が一番大事な時だよ。」
「だから用心してるよ。」
「どうだか。」
「実際だよ。」
「そうだね、原稿を書いたりなんかしてさ。」
「ああ、そうか。あんなものは君、退屈凌ぎに三四行ずつ書きちらしてはそのまま破き捨てるんだから、身体に障りはしないさ。」
「然
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