たいような気分に浸された。そして最後の言葉を投り出すようにして口早に云ってのけた。
「然し余り無理してはいけないよ。神経も余り尖りすぎると却って自分を傷けるからね。」
「自分を傷ける……。」そう鸚鵡返しにして彼は口を噤んでしまった。
 先刻から紅茶を運んできて二人の話を聞いていた妻は、その時言葉を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]んだ。
「可笑しな人達ね、逢うと早々から議論なんか初めて。」
「ははは、」と瀬川は笑った、「なるほど、まるで病人に議論でもふっかけに来たような工合になってしまいましたね。」
 瀬川のその笑いに彼は冷たいものを感じた。それから自分を病人という普通名詞で呼ばれたのに対して、軽い反感が起った。その冷かさや反感はやがて、彼を憂欝な気分に引き入れてしまった。彼は心とあべこべな口の利き方をした。
「今日はゆっくりしていってもいいだろう。」
「そうだね、別に急ぎもしないけれど……。」
「それでは泊ってったらどうだい。」
「然しいつも邪魔ばかりしてるからね。」
「なに構やしない。僕は退屈してる所だから。」
 それから彼は黙り込んで、ぼんや
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