ひともエキモスをうばいかえすとさわいでいます。――エキモスがむほんをたくらんでたということも、びんぼう人たちのところへ金貨がまきちらされるのを、ねたんでる者どもが、かってにこしらえた話です。――そして牢屋のほうでは、ふしぎにも、数かぎりない鳥や獣《けもの》がやってきて、牢屋から森まで、すっかりせんりょうしてしまっています……。
王さまは立ち上がりました。王子も立ち上がりました。すぐに馬をひきださせて、牢屋《ろうや》のほうへかけさせました。それを気づかって、大臣はおおくの兵士をつれて、あとにしたがいました。
きてみると、ほんとでした。牢屋のまわりの森のなかは、鳥や獣《けもの》でいっぱいでした。鷲《わし》や狼《おおかみ》や獅子《しし》のようなおそろしいのもまじっています。馬はおどろいてはねあがりました。王さまも王子も大臣も兵士たちも、馬からとびおりました。牢屋の窓には、にこにこしてるエキモスの顔がみえます。けれども、鳥や獣のためにちかよれませんでした。
そこへ、エキモスをうばいかえそうとして、たくさんの人民たちがやってきました。王さまはすぐに、エキモスをゆるすということをふれさせました。人民たちはあんしんしました。けれど、森のなかの鳥や獣をみて、エキモスのところへはちかよれませんでした。
そのうちに、王子はなんとおもってか、一人で森のなかにはいっていきました。ふしぎにも、狼や獅子もじっとうずくまったまま、なんの害もしませんでした。王子はずんずんすすんで、牢屋のなかにはいり、かぎをさがして、エキモスの部屋をあけました。
エキモスはよろこんで王子をむかえました。
王子は金色の皮袋《かわぶくろ》をエキモスにかえしていいました。
「エキモス、お前はその皮袋で、わたしたちにたいへんよいことをおしえてくれました。人間の欲というものが、どんなにばかげてるものか、おしえてくれました。ありがとう」
王子のあとについて、王さまもはいってきました。王さまはいいました。
「エキモス、わしのおもいちがいだった。お前をくるしめたのを、ゆるしてくれ」
王さまのあとから、人民たちがとびこんできました。どうするひまもありませんでした。人民たちはエキモスをかつぎあげて、牢屋《ろうや》からつれだし、野原のなかにはこんでいきました。
それからたいへんなさわぎでした。都じゅうの人が野原にでてきて、王さまも、王子も、大臣も、兵士も、かねもちも、びんぼう人も、みないっしょになって、エキモスをかんげいするおまつりさわぎをしました。
おまつりさわぎは、一日じゅうつづきました。
そのさわぎのなかで、エキモスはなんだかさびしくなりました。もう都には用がないような気がしました。山の羊たちのことがおもいだされました。そしてその夜おそく、エキモスは葦笛《あしぶえ》と皮袋《かわぶくろ》をかかえて、そっと都をたちのきました。
底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月29日作成
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