んは歌をうたったり、おかしな話をしたりして、太郎とチヨ子を笑わせました。
それから、カラマツの森の中に、また迷いこんで、四―五日も出られなかった時は、さすがのキシさんも弱ったようでした。一番困るのは、水がなかなか見つからないことでした。そしてある夕方、思いがけなくその森から出ると、すぐそこに、ひとかたまりの家がありまして、その先には、青々とした野原が広がっていました。
「村だ、村だ」と、キシさんは叫びました。
馬を駆けさせて、村にはいりました。
村といっても、十二―三軒の家だけで、その家はみんな、低い土壁《つちかべ》に瓦屋根《かわらやね》をのせて、入口が一つついているきりでした。そして不思議なことには、その入口はみな、がんじょうな戸が締めきってありました。
キシさんは馬車から下りて、家の戸を一つ一つ叩いてまわりましたが、誰も開けてくれる者はなく、返事もなく、家の中には人のけはいもありませんでした。
「おかしい。誰もいない」
太郎も馬車から下りて、家の戸を叩いてまわりました。
「どこにも、誰もいませんね。どうしたんでしょう」
キシさんと太郎とは、なお村の中を見てまわりましたが
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