しゅう》中を、いや世界中を、旅して歩かなければなりません。それには、ぜひとも馬車がいるんです。あなたが売ってくださるまでは、いく日でも、この中に泊りこむ覚悟をしてるんです。食べものもたくさんあるし、毛布もあるし、ピストルだって持っていますよ。さあどうです、売ってくれますか、いやですか。売ってくれなければいつまでも、死ぬまで、この馬車の中にがんばってみせますよ」
 メーソフが怒りだすかと思って、太郎は内心びくびくしていましたが、メーソフはしばらく太郎のようすをながめて、それから、髭《ひげ》だらけの顔にしわをよせて大きく笑いました。
「ほう、あんたがたは、奇術師《きじゅつし》だったのか。そして、この馬車《ばしゃ》が、そんなに気に入ったんですか。よろしい、わたしの負けだ、売ってあげましょう。きのう、あずかった金がいくらだかわからないが、あれだけでよろしい。そのかわりに、この馬車をあげましょう。この馬車なら、世界中まわったって大丈夫《だいじょうぶ》だ。安心していらっしゃい」
「え、本当、本当ですか」
 メーソフは何度もうなずきました。太郎はその胸にすがりつきました。キシさんも馬車から出てきて、
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