の胸までたれてる白髭《しろひげ》より猫の尻尾《しっぽ》の長い毛の方が、いっそう白くて光ってきれいでした。
「でも……どこの猫でしょう。うちにおいといて、いいかしら」
「そうさねえ、あんなところに、この雪の中にいたとすれば……ああこれは……おばあさんが、おまえに下すったのかもしれない」
「そうだ、きっとそうですよ」
 猫は少しも恐がりませんでした。御飯を食べると、こたつ[#「こたつ」に傍点]の上へ座わりこんでお化粧《けしょう》をしています。名前がわからないので、白いから、かりにチロとよびますと、ニャーオ……と鳴いて、返事をします。
 太郎は、チロを自分のそばから放しませんでした。夜もいっしょに寝てやりました。チロは、おとなしく太郎の腕を枕にして眠りました。
 夜中に、太郎は心配になって目をさまし、猫をなでてやりますと、猫もうっとり目を開き、その金の目と銀の目が、大きな星のように光りました。……その猫が、だんだん大きくなり、空いっぱいに大きくなり、長い尻尾が白雲のようにたなびき、二つの目が、金と銀の、まん丸なお月さまとなって、輝やきだします……。
 太郎がびっくりして夢からさめると、白い小さな猫は、太郎の腕を枕にして、すやすや眠ってるのでした。
 珍しい大雪がとけると、暖い天気が続いて、にわかに春めいてきました。木の芽が出かかり、草の葉が萌えだし、海は平に凪《な》いでいます。
 太郎はチロをつれだして、野原や海岸で遊びました。通りがかりの人達は、まっ白な美しいチロを、立ち止まって眺めました。
 りんごやなしを籠《かご》にかついでる人が、通りかかりました。
「まあ、きれいな猫ですね。どんなものを食べてるんですか」
「なんでも食べるよ」
 と、太郎は答えました。
「りんごでもなしでも、食べるよ」
「では、これも、食べさしてください」
 そしてりんごとなしを、いくつも太郎にくれました。
 みかんをかついでる人が、通りかかりました。
「まあ、きれいな猫ですね。どんなものを食べてるんですか」
「なんでも食べるよ」と、太郎は答えました。
「みかんでも、食べるよ」
 するとその人は、みかんをいくつも置いて行きました。
 大根や芋《いも》や人参《にんじん》をかついでる人が、通りかかりました。
「まあ、きれいな猫ですね。どんなものを食べてるんですか」
「何でも食べるよ」と、太郎は答えました。
「大根でも芋《いも》でも人参《にんじん》でも、食べるよ」
 するとその人は、大根と芋と人参を、たくさん置いて行きました。
 海で地引網《じびきあみ》をやりますと、いろんな魚がたくさん、ぴちぴち跳ねながら、引き上げられました。
「まてまて……」
 と、漁師のひとりが言いました。
「太郎さんの白猫に、御馳走してやろう」
 そして大きな鯛《たい》や平目《ひらめ》を、持って来てくれました。
 魚や果物や、野菜が、たくさんたまりますので、太郎もおじいさんも困りました。しまいには、それを近所の貧乏な人達に分けてやりました。

 けれどもまた、その美しい白猫を、うらやみねたむ者もありました。
 太郎がチロといっしょに野原で遊んでいると、そっと、大きな犬をつれてきて、けしかけておどかす子供がありました。チロはびっくりして、太郎の肩に飛び乗って、せな[#「せな」に傍点]をまるくして怒っています。太郎はそのチロを胸に抱いて、相手をにらみつけてやりました。
「きみんとこのチロ、弱虫だね」
「何言ってるんだい。りこうだから、やたらに喧嘩《けんか》しないんだ」
 と、太郎は言い返してやりました。
「いざとなったら負けやしないよ。どんな高い木にだって登れるんだ」
「だけど、この犬みたいに水泳《みずおよ》ぎはできないだろう」
「できるとも。水も泳げるし、地にももぐれるし、空も飛べるし、何でもできるよ」
 言ってしまってから、太郎は、とんだことを言ったと、後悔《こうかい》しました。が、もう取り返しがつきませんでした。相手の子供は突っ込んできました。
「うそばかり言ってらあ。それじゃ、泳がしてごらん。海を泳がしてごらん」
 太郎はしばらく考えてから、答えました。
「泳がしてもいいが、濡れて風邪でもひくといけないから……そうだ、水にはいっても、毛のぬれないような薬を、持っておいでよ、そしたら、すぐに泳がしてみせましょう」
 相手の子供は困った顔をしました。そして、言いました。
「そんなら、地にもぐらしてごらん」
「いいとも。だけど、地面の中じゃあ、道に迷うといけないから……そうだ、地の中に、いっぱいローソクをつけてくれよ」
 相手の子供は困った顔を[#「困った顔を」は底本では「困って顔を」]しました。そして言いました。
「そんなら、空を飛ばしてごらん」
「いいとも。だけど、鳥じゃないから、やたら
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