赤土で猫を作って、占《うらな》いした。おう、それを、お嬢さん悪い、踏みつぶしてしまった。もう望みない。だめです」
 キシさんがうなだれると、チヨ子はまた泣きだしました。
 太郎は、どう言ってなぐさめてよいかわかりませんでした。そんなことは、迷信《めいしん》だと言っても、聞きいれられそうにありません。そして、そんな迷信にとらわれてるキシさんが、こっけいでもあるし、泣いてるチヨ子が、かわいそうでもあるし、また二人の身の上が気の毒でもあるし、なんだか胸の中がむずむずしてきました。
「ばかだなあ、きみたちは、泣いてばかりいて……」
と、太郎は言いました。
「チロは雪の中から出てきたんだよ。金銀廟《きんぎんびょう》から、とんで来たのかもしれない。そうだよ、きっと……だから、チロを連れて、蒙古に行こうよ。ぼくも行ってやろう。みんなで行こうよ。匪賊《ひぞく》なんか、退治《たいじ》しちまやいいんだろう。だいじょうぶだ。みんなで行こうよ」
 キシさんと、チヨ子とは、チロを抱いてつっ立っている太郎を、びっくりして見あげました。
「赤土の猫なんか、だめだよ。チロは生きてる猫で、金目銀目だ。これを連れて行こう。ぼくも行ってやるよ。みんなで蒙古に行こう」
 キシさんとチヨ子とは、目を輝やかして、太郎の手を握りしめました。

      手品使《てじなつか》いの少年

 太郎は、チロといっしょに、蒙古《もうこ》まで行ってみようとほんとに決心しました。
 そのことを聞くと、松本さん夫婦は、心配しました。けれど、太郎のおじいさんはかえって太郎の勇気をほめ、立派なことをしてくるようにと元気づけ、なお薬を一缶《ひとかん》くれました。神主をしているおじいさんの家に、昔から伝わってる薬で、どんな病気にも、きずにも、疲れにもきく薬だそうです。
 松本さん夫婦、チヨ子とキシさん、太郎とチロ、それだけの人数でした。太郎は立派な服を作ってもらいました。
 門司《もじ》に行き、それから船で、大連《だいれん》へ行くのです。
 船は正午《しょうご》に門司を出ました。風のない春の日で、海はおだやかでした。船はすべるように進みました。青い山々がしだいに遠ざかるのを見送って、太郎はちょっとさびしくなりましたが、蒙古のこと、玄王《げんおう》のこと、金銀廟《きんぎんびょう》のことなど、いろいろ想像しますと、身うちに元気が満ち満ちてきました。
 沖《おき》に出ると、船は少し揺れてきましたが、太郎は元気でした。松本さんが船長と懇意《こんい》なので、船の中をあちこち見せてもらいました。
 そのあくる日の夕方、太郎はもうたいくつして、デッキに上がって暮れかけた海原をながめていました。冷たい風が吹いて、デッキには誰もいませんでした。ただ……。
 太郎は気がついて、目を見張りました。向こうに、みすぼらしいみなりの十五―六歳の少年が、ぴかぴか光る輪をいくつも持って、それを投げたり受けとめたりして、ひとりで遊んでいました。いや、遊んでるのではありません。一生懸命になって、なにか練習してるのです。輪を一つ受けそこなって、とり落とすと、自分で額《ひたい》をたたいて、歯ぎしりをしています……。
 太郎はその方にやって行きました。
「何をしているの?」と、太郎はたずねました。
 少年は悲しそうな目付きで答えました。
「練習してるんだよ」
「なんの練習だい」
「輪投げだよ」
「そして、何になるの」
「ぼくの商売だよ。手品《てじな》をつかうのさ」
「ほう、きみは手品使いかい」
「うん。だけど、まだうまくいかないんだ」
 少年はいくつもの輪をがちゃがちゃいわせながら、そこの手すりによりかかって、海をながめました。それから、ふいにたずねました。
「きみは満州《まんしゅう》に初めて行くのかい」
「うん」
「なにしに行くんだい」
 太郎は黙っていました。
「行ったっておもしろいことはないよ。ぼくは小さい時、おじさんに連れられてきて、ほうぼうをまわったが、つまらなかった。いやになって、またちょっと、日本に戻ったけれど、日本でも、あまりおもしろいことはなかった。それに、おじさんが病気をして、手足がよくきかなくなって、手品《てじな》がうまくつかえないんだ。それで、また満州《まんしゅう》に行くところだよ」
「そして、これから、何をするつもりだい」
「やっぱり、手品使いさ。ああ、ぼくが早くじょうずになるといいんだがなあ」
「毎日、練習をするのかい」
「そうだよ」
 そして彼は、なにか急に思い出したらしく、駆け出して行こうとしました。
「ねえきみ」と、太郎は後から呼びかけました。
「大連《だいれん》に行ったら、ぼくんとこに遊びにこないか」
「ああ行くよ、行くよ」
 そそっかしい少年で、それきり向こうに駆けて行きました。太郎はしばらく待っ
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