、変な人が三人乗っていました。白と黒との市松《いちまつ》の服をつけ、尖《とが》った三角の帽子をかぶっている大男、それはキシさんです。五色の縞《しま》の服をつけ、ふさのついた大きな帽子をかぶってる少年、それは太郎です。紫の服に白い羽の帽子をかぶっている少女、それはチヨ子です。チヨ子のひざには、まっ白な金の目銀の目の猫が抱かれています。そして三人は、パンや、焼肉や、果物などをまん中にならべて、食事をしているのです。
 そればかりではありません。馬車《ばしゃ》のかたすみには、かばんや毛布、大きな毬《まり》や金輪《かなわ》や、ナイフや棒など、いろんなものが積み重なっています。それに、馬車には馬も二頭ついていて、いつ駆けだすかわからないありさまです。
 メーソフはあきれかえって、目をみはりました。
 メーソフの姿を見て、太郎は笑いながら飛び出してきました。それから、両腕を組み、首をかしげて、いばりくさったようすで言いました。
「メーソフさん、この馬車はなかなかいいですね。すっかり気に入りました。どうか売ってください。ぼくたちは、このとおり、じつは奇術師《きじゅつし》なんです。これから、満州《まんしゅう》中を、いや世界中を、旅して歩かなければなりません。それには、ぜひとも馬車がいるんです。あなたが売ってくださるまでは、いく日でも、この中に泊りこむ覚悟をしてるんです。食べものもたくさんあるし、毛布もあるし、ピストルだって持っていますよ。さあどうです、売ってくれますか、いやですか。売ってくれなければいつまでも、死ぬまで、この馬車の中にがんばってみせますよ」
 メーソフが怒りだすかと思って、太郎は内心びくびくしていましたが、メーソフはしばらく太郎のようすをながめて、それから、髭《ひげ》だらけの顔にしわをよせて大きく笑いました。
「ほう、あんたがたは、奇術師《きじゅつし》だったのか。そして、この馬車《ばしゃ》が、そんなに気に入ったんですか。よろしい、わたしの負けだ、売ってあげましょう。きのう、あずかった金がいくらだかわからないが、あれだけでよろしい。そのかわりに、この馬車をあげましょう。この馬車なら、世界中まわったって大丈夫《だいじょうぶ》だ。安心していらっしゃい」
「え、本当、本当ですか」
 メーソフは何度もうなずきました。太郎はその胸にすがりつきました。キシさんも馬車から出てきて、
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