んでいきました。
 太郎はふんがいしたように言いました。
「メーソフさん、あなたは、世間《せけん》から誤解されていますよ。みんなあなたのことを、ほらふきのインチキだと言ってますよ」
「ほう、どうしてですか」
と、メーソフはたずねました。
「昨日見せてもらった鉄の馬車《ばしゃ》ですね、あのことを、人に話したところが、あれはもう古くて役に立たないと、みんな言ってますよ」
 メーソフは目玉をぐるっと動かしました。
「あの馬車はすっかりさびついていて、動きはしないと、みんな言ってますよ」
 メーソフはまた目玉をぐるっと動かしました。
「あの馬車はただの飾りもので、引き出せば、ばらばらにこわれてしまうと、みんな言ってますよ」
 メーソフはまた目玉をぐるっと動かしました。
「あんな馬車を、さも大事そうに飾りたてとくなんて、メーソフはとんだインチキやろうだと、みんな言っていますよ」
 メーソフは、また目玉をぐるっと動かしました。
「ぼくがいくら弁解しても、誰もしょうちするものがありません。ぼくはくやしくてたまらないんです。だから、今日|一日《いちんち》、あの馬車《ばしゃ》を貸してください。あれに馬をつけてあちこち駆けまわって、どうだい、メーソフさんの馬車はこのとおり立派じゃないかと、みんなに見せつけてやりたいんです。今日一日、貸してください」
 太郎の話を聞いて、メーソフはふんがいしていました。
「よろしい、みんながそんなことを言ってるなら、うんと見せつけてやってください。メーソフの馬車は飾りものじゃない」
 そこで、倉から馬車を引っぱり出して、ふくやら、磨くやら、油をさすやら大変働きました。
 馬車はすっかりきれいになりました。
 太郎はホテルに戻って、キシさんにわけを話し、馬車を占領《せんりょう》してしまう手はずを決めました。前から買っておいた二頭の栗毛の馬を引いてきて、馬車につけました。一包みのお金をメーソフにあずけて、安心させました。
 馬に鞭《むち》をあてると、馬車は勢いよく走りだしました。それを、メーソフは笑顔で見送りました。

 馬車は、夕方になっても、夜になっても、戻ってきませんでした。メーソフは、心配し始めました。
 あくる朝早く、メーソフは起きあがりました。そしておもてをあけてみると、馬車がそこにありましたので、駆けよって行くとおどろきました。
 馬車の中には
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