くりあげました。
「なんで泣いてるんだい」
「家から追い出されたの」
と、少年はやっと答えました。
「追い出された……何か悪いことをしたんだろう」
 少年は頭をふりました。
「ぼくは、メーソフさんのところに、小僧《こぞう》にあがってるんだよ。すると、この二、三日、馬車に変なことがあるから、そういってやったら……」
 馬車と……というのを聞いて、キシさんと太郎とは、顔を見合わせました。太郎はもうだいぶ中国の言葉もわかるようになっていたのです。キシさんは少年を、ベンチのあるところにつれて行って、そしてわけを聞きました。

 メーソフさんというのは、年とったロシア人で、古物商《こぶつしょう》をやっているのです。その店にあやしい馬車《ばしゃ》が一つありました。大きな馬車で、箱は鉄板でできており、車輪も鉄でできてるのです。むかし、あるえらい役人が、旅をするとき、賊をふせぐためにこしらえたものだそうです。それが、メーソフさんの倉の中にしまってあります。
 その馬車に、不思議な言い伝えがあります。何か変ったことがあるときには、その屋根がきいきい鳴るというんです。
 ところが、この二、三日、少年が倉の中にはいっていくと、なんだか、馬車の屋根がきいきい鳴るようです。始めは気にもしませんでしたが、何度もそれらしい音がきこえるので、少年は気味悪くなりました。馬車の屋根がきいきい鳴りますよ、と少年はメーソフさんに注意しました。メーソフさんは黙っていました。少年はまた注意してやりました。すると、メーソフさんはひどく怒りました。
「そんなばかなことがあるものか。とんでもないことをいう奴だ。けちをつけやがって……今晩はめしを食わしてやらないぞ。出ていけ!」
 そして少年は、御飯も食べさしてもらえず、外に追い出されたのでした。
「その馬車を買いましょうよ。ちょうどいいや」
と、太郎はキシさんにささやきました。
「うむ、よかろう」
と、キシさんは答えました。
 そこで、ふたりは少年に案内さして、メーソフの古物店《こぶつてん》に行きました。

 大きな店でした。仏像《ぶつぞう》や、陶器類《とうきるい》や、いろんな骨董品《こっとうひん》などが、いっぱい並んでいて、その奥のほうに、年とったがんじょうな男がひかえていました。顔じゅうまっ黒い髭《ひげ》をはやして、目がきらきら光っています。それがメーソフでした
前へ 次へ
全37ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング