のほか、はしごだの、縄《なわ》だの、棒だの、いろんなものが散らかっており、帽子屋や、仕立屋などが来ていて、キシさんとチヨ子とが、手品《てじな》使いの服装をあつらえているのです。
「よいところへ帰りました」
と、キシさんは太郎に言いました。
「みんな、手品使いになるんです あなたも[#「なるんです あなたも」はママ]、すきな服、あつらえなさい」
「みんなで手品使いになるの?」
「そうです、そうです」
そしてキシさんは[#「キシさんは」は底本では「キシさは」]、太郎を部屋のすみにひっぱっていって、小声《こごえ》で言いました。
「手品使いに化けて、金銀廟《きんぎんびょう》まで行けます。あやしむ人、ありません。無事に行けます」
「すてきだ、おもしろいなあ」と、太郎は叫びました。
「すぐに行こうよ」
「しっ、秘密《ひみつ》、秘密。うまく化《ば》けること、大事です」
そこで、太郎は、五色の縞《しま》の服と、ふさのついた大きな帽子……キシさんは、白と黒との市松《いちまつ》の服と、尖った三角の帽子……チヨ子は、紫のすっきりした服と、白い羽のついた帽子……そんなものをあつらえました。大急ぎで、あくる日までに作ってもらうことにしました。
「あすから、始めましょう」と、キシさんは言いました。
「私とあなた、芸の競争をしよう。どちらが勝つか……」
「よし、やろう。負けるものか」
「私も負けない」
そしてふたりは、笑いながら握手《あくしゅ》しました。
太郎はその夜、眠られませんでした。キシさんと芸の競争をすることになってみると、さあ、負けたくはありません。けれど、手品《てじな》も[#「手品《てじな》も」は底本では「手品《てじな》の」]奇術《きじゅつ》も、これまでに一度も習ったことがなく、なんにも知りませんでした。キシさんと競争どころか、へたをすると、見物人たちから怒られるかもしれません。下野一郎さえも、見物人たちから怒られたのである。
「困ったなあ……」
太郎はため息つきました。一郎のおじさんから教わろうかしら……とも考えましたが、それでは間に合わないでしょう。
「はて、どうしたものかしら……」
太郎は、額《ひたい》にしわをよせて考えました。長い間考えました。
「あ、そうだ」
太郎は思わず叫びました。よい考えが浮かんだのです。
太郎は起きあがりました。そして、こっそりと練習を
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