赤土で猫を作って、占《うらな》いした。おう、それを、お嬢さん悪い、踏みつぶしてしまった。もう望みない。だめです」
 キシさんがうなだれると、チヨ子はまた泣きだしました。
 太郎は、どう言ってなぐさめてよいかわかりませんでした。そんなことは、迷信《めいしん》だと言っても、聞きいれられそうにありません。そして、そんな迷信にとらわれてるキシさんが、こっけいでもあるし、泣いてるチヨ子が、かわいそうでもあるし、また二人の身の上が気の毒でもあるし、なんだか胸の中がむずむずしてきました。
「ばかだなあ、きみたちは、泣いてばかりいて……」
と、太郎は言いました。
「チロは雪の中から出てきたんだよ。金銀廟《きんぎんびょう》から、とんで来たのかもしれない。そうだよ、きっと……だから、チロを連れて、蒙古に行こうよ。ぼくも行ってやろう。みんなで行こうよ。匪賊《ひぞく》なんか、退治《たいじ》しちまやいいんだろう。だいじょうぶだ。みんなで行こうよ」
 キシさんと、チヨ子とは、チロを抱いてつっ立っている太郎を、びっくりして見あげました。
「赤土の猫なんか、だめだよ。チロは生きてる猫で、金目銀目だ。これを連れて行こう。ぼくも行ってやるよ。みんなで蒙古に行こう」
 キシさんとチヨ子とは、目を輝やかして、太郎の手を握りしめました。

      手品使《てじなつか》いの少年

 太郎は、チロといっしょに、蒙古《もうこ》まで行ってみようとほんとに決心しました。
 そのことを聞くと、松本さん夫婦は、心配しました。けれど、太郎のおじいさんはかえって太郎の勇気をほめ、立派なことをしてくるようにと元気づけ、なお薬を一缶《ひとかん》くれました。神主をしているおじいさんの家に、昔から伝わってる薬で、どんな病気にも、きずにも、疲れにもきく薬だそうです。
 松本さん夫婦、チヨ子とキシさん、太郎とチロ、それだけの人数でした。太郎は立派な服を作ってもらいました。
 門司《もじ》に行き、それから船で、大連《だいれん》へ行くのです。
 船は正午《しょうご》に門司を出ました。風のない春の日で、海はおだやかでした。船はすべるように進みました。青い山々がしだいに遠ざかるのを見送って、太郎はちょっとさびしくなりましたが、蒙古のこと、玄王《げんおう》のこと、金銀廟《きんぎんびょう》のことなど、いろいろ想像しますと、身うちに元気が満ち満ち
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