とりすがり、そして二人とも泣いています。
太郎には、さっぱりわけがわかりませんでした。赤土の猫じゃないか……それを。
「金銀廟の猫って、なんですか」
キシさんは、初めて太郎に気がついたかのように、びっくりしたようすで太郎を眺め、それから深くため息をついて、そして話してきかせました。
満州《まんしゅう》に近い蒙古《もうこ》の山奥に、玄王《げんおう》という偉い人がいました。その地方を平和に治めて、立派な国をうち建てようと思っていました。その玄王《げんおう》に、ひとりの小さなむすめがありました。玄王は、まずむすめによい教育を受けさせたいと思って、かねて知りあいの日本人で、大連《だいれん》に大きな貿易店をひらいてる人に、むすめを頼み、李伯将軍《りはくしょうぐん》といわれる強い人をつけてやりました。その日本人の世話で、玄王のむすめと李伯将軍とは、東京で勉強することになりました。
それから二年たって、玄王のところへ、非常に強い匪賊《ひぞく》が襲《おそ》ってきました。激しい戦がありました。玄王は打ち負けたらしい……というだけで、なにしろ蒙古《もうこ》の山奥のことですから、はっきりしたことはわかりません。がとにかく、そういう知らせが、九州の北海岸の別荘に来ていた日本の貿易商のところに、長くたってからとどきました。そして東京から、玄王のむすめと李伯将軍とは呼びむかえられました。けれど、玄王はどうなったかさっぱりわかりませんし、匪賊がばっこしているという蒙古へ帰られるかどうかも、わかりませんでした。
その玄王のむすめというのが、チヨ子で、李伯将軍というのが、キシさんで、大連の貿易商は、この家の主人の松本さんです。
「そして、金銀廟《きんぎんびょう》の猫というのは?」
と、太郎はたずねました。
「おう、金銀廟の猫!」
と、キシさんは叫びました。
玄王の城の中に、金銀廟という宮《みや》がありまして、白い塔が建っていて、そこには、金目銀目《きんめぎんめ》の猫がまつって[#「まつって」は底本では「まって」]あるのです。それが、城の護《まも》り神です。何か願いごとがある時には、その猫に祈ればきっとかなうと、言い伝えてあります。
「私、その猫に、一心《いっしん》に祈った。そして、金目銀目《きんめぎんめ》の猫、見つかった。それで、私、なお祈った。無事に蒙古《もうこ》へ帰られるかどうか、
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