した。
「チロと一緒なら、行ってもいいけれど……なんでも、好きなことをしていいの?」
女の人の目が、ぱっと大きく光りました。
「ええ、よろしいですとも、なんでも、好きなようにしてください。では、来てくださいますね、チロちゃんと一緒に……ね、来てくださいね」
金銀廟《きんぎんびょう》の話
太郎とチロが行った家は、さほど遠くではありませんでした。
海岸に沿った広い道を、自動車は飛ぶように走ります。岬《みさき》を二つまわって、その向こうの町のはずれ、小高い山のふもとに、二階建ての家がありました。
大きな家で日本室や洋室が、いくつもありました。主人の松本さん夫婦のほかに、下女《げじょ》や下男《げなん》や馬……そして、一番奥の洋室に、変なふたり……。
ほんとに、変な人達でした。太郎はそこに連れて行かれた時、びっくりしました。
かたすみに、立派な長|椅子《いす》の上に、十歳《とお》ばかりの女の子が座っていました。肩のあたりまでの長さの髪を、宝石のついた、留金でとめ、空色の洋服をつけ、白い絹の靴下をはいていましたが、全体が、ほっそりしていて、口もあまりきかず、からだもあまり動かさず、まるで人形のようでした。
反対のかたすみには、支那《しな》服を着た、大きな男がいました。顔は平たく、長い口髭《くちひげ》をはやしていて、頭がひどく禿《は》げていました。
その男が、チロを抱いてる太郎を見ると、つかつかと立ってきて、低くおじぎを[#「おじぎを」は底本では「おじきを」]しました。
「おう、よく来ました」
そしてチロの方へ、大きく開いた両手を差し出しました。
「おう、白いきれいな猫……金の目……銀の目……おう、よく来ました」
それからチロを抱きとって、部屋の中を歩きだしました。
「これ、名前、何といいますか」
「チロです」と、太郎は答えました。
「チロ……チロ……よい名前だ……チロチロ……」
そして彼はもう、チロだけしか相手にしませんでした。
部屋の中には人形や毬《まり》や汽車や、馬や猿《さる》や熊《くま》など、いろんなおもちゃがありました。彼はそれをとってきて、チロに見せました。チロはテーブルの上にじっとしていましたが、赤い人形の絵が描いてある大きなガラス玉を見ると、ひょいと片手を出し、それから匂《にお》いをかぎ、またちょっと片手を出しました。ガラス
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