を、じっとのぞき込みました。
「まあ、かわいい猫……」
 女は後を向いて、何か合図をしました。男も馬から下りて来ました。
 太郎はそれまで、ぼんやりそのふたりをながめていました。これまで見たこともないような、立派な馬、よその人らしい男と女、その美しいみなり、ことに、洋服を着てる女……。そのふたりが今、じっとチロのほうをのぞきこみましたので、太郎はびっくりして、そこに座ってチロを抱きかかえました。
「ほんとにかわいいこと。まっ白で、そして、金目銀目《きんめぎんめ》で……」
 太郎は、なおしっかり、チロを抱きしめました。ふたりの男と女は、何かささやきあって、そして太郎とチロとを見くらべました。しばらくそのままで、誰も黙っていました。馬はのんきに草を食べています……。
 やがて、見知らぬ女は、なおのぞきこんできました。
「それ、あなたの猫ですか」
 太郎は黙ってうなずきました。
「それでは、ねえ、坊ちゃん、お願いがありますの……。それを、私にくださいませんか。お礼は、どんなにでもしますから……」
 太郎はびっくりして、強く頭をふりました。
「私にくださいね。どんな[#「どんな」は底本では「どんで」]お礼でもしますから」
 女はポケットから、手にいっぱい銀貨を取り出して、差し出しました。太郎は頭をふりました。女は次に、きらきら光るナイフを差し出しました。次には、金の鎖のついてる万年筆……次には美しい金時計……。
「いやだ、いやだ、いやだ」
 そう叫んで、太郎はいきなり立ち上がって、チロをかかえて、逃げ出しました。
 一生懸命に走りました。しばらくして、振り返って見ると、あの男と女が、遠く、海岸の上に、馬の手綱《たづな》をひかえて、まだこちらを見送っています。太郎はまた走りだしました。
 うちに帰って、ほっと息をつくと、太郎はチロの頭をなでてやりました。
「だいじょうぶよ、ねえ、チロ……誰が来たって、どんなことがあったって、ぼくはおまえを、よそにやったりなんかしないよ。おまえも、人に盗《ぬす》まれたりなんかしちゃあいけないよ、ねえチロ……」
 チロは頭をすりつけて、ニャーオ……と鳴きました。
 けれど、誰も、チロを盗みに来る者もなく、たずねてくる者もありませんでした。

 それから、三日目の朝不思議なことが起こりました。家のそばの神社の前に、美しい米俵《こめだわら》が十四―五
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