はひどく、ダイナマイトを投げ込んだよりも大きな音がして、魚類がみなぷかぷか浮き上るとか。
 今朝ほど雷の話をしたことを思い出して、わたしはお姉さまの方に笑いかけたが、はっと息をのんだ。お姉さまの顔に、氷のような冷たいものが感ぜられた。わたしの視線を受けて、お姉さまは冷酷なほど澄んだ声で御言った。
「お母さまも、秋子さんも、ちょっと席を外して下さいませんか。わたし、小野田さんに伺いたいことがありますから。」
 なにか逆らい難いものがあった。お母さまもそうお感じなさったに違いない。わたし達は黙って眼の中を見合った。それから小野田さんを見ると、不敵なという感じで、庭の方に眼をやり、唇の隅をかんでいる。
「では、ちょっとの間ね。」
 お母さまはなにか慌てていらして、立ち上りなさった。わたしもそれに随った。お姉さまは脇息にがっくりもたれかかって、眼だけできっと睥んでいらした。
 お母さまとわたしは茶の間に退いた。へんに体が震えた。大きく息がつけない気持ちだった。お座敷の方は、声も物音もしなかった。
 お母さまも黙っていらっしゃるし、わたしも黙っていた。
 わたしは時計の針を見ていた。十五分ばかりたった。
「どなたか、お早く。」
 叫び声なのだ。駆け出して行くと、お姉さまは広縁に倒れて、気を失っていらした。

 お姉さまは意識を回復なさったが、まるで虚脱なさったみたいで、独りでは首もお挙げになれなかった。野島先生が来られて、注射をなさり、夜までついていて下すった。
 お姉さまが倒れなさったところに、小型の写真が引き裂かれて、投げ捨ててあった。お姉さま自身の写真なのだ。
 騒ぎが一先ず静まると、小野田さんは辞し去る時、わたしを庭の隅に呼んで、事情を簡単に話した。
 小野田さんは戦地で、高須正治さんの戦友だった。高須正治さんは、お姉さまの恋人だったことを、わたしもうすうす知っている。高須さんは終戦間際に戦死する前、もう覚悟していたとみえ、小野田さんがもし生きて日本に帰ることがあったらと、お姉さまに伝言を頼んだ。愛も恋も一切白紙に還元して、別途な生き方をするようにとの切願だった。ついては、肌身離さず持ってた写真も返すとのこと。高須さんは日本の敗戦を察知していたらしいし、第一、戦争には不向きな性質だったと、小野田さんは言う。小野田さんは高須さんとの約束を果すため、帰還後、お姉さまの行方
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