らさ。」
「君は一体おたか[#「たか」に傍点]をどう思ってたんだい。」
「どうってそうきまった感情なんかあるものかね。ただおたか[#「たか」に傍点]が居たんでより面白く球が突けたまでさ。」
「然しまだ妙な感情がずっと続くような気がするよ。僕は今は林が好きだ。」
「僕は一層嫌いだ。」
彼等は黙って十歩ばかりした。
「僕はずっとこの事のはじめから、」と松井は云った、「何だか神に離れていたというような気がする。僕の心は卑しいものに浸っていたような気がする。」
「そりゃあ君、女を失ったからだよ。」と村上は澄まして云った。
「そうかも知れない。」
然し松井は眼の奥に熱い涙が湧いてくるような気がした。その時村上は不意に、「おーう、」と通りのずっと向うまで響く大きい声を立てた。松井は喫驚して立ち留った。
「何だ!」村上の方から云った。
二人はそのまま黙ってまた歩き出した。空も地も凡てが深い夜の中に在った。
底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1−13−21])」未来社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
初出:「新小説」
1916(大正5)年2月
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2008年10月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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