を受けながら、丸田の顔をつくづくと見た。
「あんたは会計の方の係りだから、知ってるでしょうが、石村証券の経営状態は、今のところ、どうなっていますか。」
「赤字ですなあ。」
「それじゃあ、退職金も出せませんか。」
五十過ぎた律儀な丸田は、妙な顔をして青木を眺めた。
「退職金について、石村さんは約束したことがありますね。」
それは事実だった。石村商事を石村証券に切り換える時のことだった。どうせ当分は仕事もあまりあるまいが、諸君の生活は僕が保証する、と石村は社員たちに誓った。そして退職金については、一年間の勤務につき一ヶ月分の給与の割合で出すから、黙って仕事をしていてくれ、と約束したのである。
丸田はなだめるように言った。
「会社の方はだめですが、心配はいりませんよ。私にはよく分りませんが、商事時代にたくさん儲けていますし、石村さんの資産は相当なものだと思われるふしがあります。社員の退職金なんか問題じゃないでしょう。」
青木はもう外のことを考えて黙っていた。
「何を考え込んでいますか。景気よくやりましょうや。」
丸田は酒を誂えて、青木にもすすめた。
「いったい、何が問題なんです。」
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